セミリタイア日記

48歳でセミリタイアした独身男が暇にまかせて恥も外聞もなく好き放題書いちゃうBLOG

カテゴリ: 時事

セミリタイアすると欲望が減ったという話はよく目にするが、結局のところ比較対象がいなくなったということではないだろうか?
セミリタイアしてる人が周りにいて知り合いという人はほとんどいないと思う。
つまり自分と同じような人間が周りにいない。
いるとしてもネット内である。

ネット内も比較対象にはなるが、さすがに現実社会との比較とは比べ物にならないくらい感情の起伏は薄いだろう。
結局うらやましいと思うのも相手が自分と同じような人に対してであり、例えば同僚、同級生、知り合いなどであろう。
芸能人がどれだけいい生活をしてようが、有名なスポーツ選手がどれだけいい成績を上げようとも嫉妬をしないのはそれが自分とは遠い存在だからであろう。

欲望の内嫉妬がかなりの原因を占めるのではないか?
つまりセミリタイアすると、自分に近い存在が極端にいなくなる。
それで比較することができなくなり、同時に欲望もなくなってくるのかもしれない。
本能以外の欲望というのは結局比較しなければ生じようがないのかもしれない。

これでネットもやめてしまえばほぼ無欲になってしまうのだろうか?
良いことなのか悪いことなのかよくわからんが
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他人の存在というのはそもそも不快な物であって、不快はだめだハラスメントだと言い始めたら社会が成り立たない。
他人が近づいただけでも不快であり、容貌、恰好、癖、におい、言動なにからなにまで不快である。
それが人間というものではないのだろうか?
しかもそれは不快だと思う側にしかわからない。

時には喧嘩しあい、悲しみ、泣きわめきしながらでも生きてゆくのが社会ではないか?
それを準犯罪のように扱ってしまったら全員が準犯罪者になってしまう。
社会不適合者がいうのもなんだが、、、

常に相手の顔色をうかがいながら快適に生きようとする社会はひとつのディストピアである。
そして、それは本当に快適なのか?

従来誰も気にしてなかった事柄が次から次へとハラスメントになってゆく。
もちろん本当にやめないとまずい事柄も多かった。よくなったことも多いだろう。
しかし行き過ぎるとまずい。
怖くて他人に近づくことすらできない社会になっていきはしないか?
気分を害するなどのあまりにも人によって能力差が激しすぎることを規制したら能力が低い人は救われない。
罰せずともすでに嫌われるという制裁を受けている事柄も多いだろうし
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それは女性は自然と乖離する方向に脳を進化させていると思うからだ。
例えば、男性は同性に対してはたくましいとか力強いとかの男らしい性質を好むし、異性に対しては下半身が大きくて柔らかそうな女らしい容姿を好む。
かなり自然の摂理に近い感覚ではないかと思う。

しかし、それと正反対の嗜好をするのが女性である。
性を一切無視した、いわば中性的なものを好んでいるように見える。
つまり、男からすると気持ち悪い感じの中性的な男とか、女ならファッションモデルのような女性性を排除したような体形とかである。
また化粧なども著しく自然と乖離した形態を好んで、男からすると何がいいのか理解に苦しむ場合が多い。

つまり、女性の方が自然からの乖離度合いが半端ないのである。
なにがいったいそうさせているのだろうか?

男はどちらかというと自然を好む傾向にあると思うのだが、ことごとく自然を嫌っているように思える。
作り物のアミューズメントやわけのわからない記念日、貴金属などを好むのもそうだろう。

考えてみると動物もそうなのかもしれない。
きれいな羽の色や長すぎる尾羽などそんなものでオスを選んでいる。
だから奇形が進んでいって、生存にはどう考えても不利なんじゃなかろうかという種もいる。
メスの感覚がくるっているのが進化的にはより好ましいのだろうか?

男から見ると永遠に理解できそうにない。
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メンタルが弱い、人付き合いができないこのようなことで悩み自信を喪失して苦しむ。
そしてなんとかならないだろうかと本を読んだりしてもなかなか効果が実感できない。
効果が数字で測れない。目に見えない。
だからずっと不安なままだ。

そのような物にいくら注力してもダメなのかもしれない。
もっとわかりやすいものをやる方がよかった。

例えば体力や技能は変化が分かりやすい。
どんな貧弱な人でもどんな下手な人でも続けていれば多少なりとも上達する。
できなかったことができるようになる。体形も目で見てわかる。健康診断の結果が数字で出てくる。
その変化がよろこびになり、自信にもなってくるように思う。

結局はメンタルに関係のないものに注力した方がメンタルにもよほどいいのかもしれない。

なんでそんなことをできなかったのかなあ。
精神的に余裕がまったくなかったのか?
やっても他人と比較してしまい下手だから面白くなくなってやめてしまうのか?

なんかいろいろ時間を無駄にしてしまっていたのかもしれないなあ。
若いころからそれに気づいていたらもっと違う感じになっていたのか?

でもまあ今がいいなら結果オーライなんだろう。
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金持ちも幸せも追い求めたら砂漠の蜃気楼のように逃げていく。
きりがないからである。届いたと思ってもさらに上がいてまた不満になる。
そして永遠に追い求めることになる。

金持ちも幸せもなにかに打ち込んでいたら、気づいたら結果的にそうだったというものなのであろう。

幸せはおそらくすでに持ち合わせている。
それはストレスなく生活すればそれが幸せだからである。
しかしだれもそれに気付かずに、関係のないキラキラした物を追いかけてもがきストレスにまみれる。
そして本来幸せであるはずの状態を生ける屍であると恐怖するのである。
ただ生きてるだけのことをだれが幸せと思うだろうか?

だからこれほど皆不幸なのであろう。
幸せを求めて不幸になっているのである。
人はたいへんな間違いを行っているということになる。

金持ちも幸せももがけばもがくほど逃げていくものなのかもしれない。
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