セミリタイア日記

48歳でセミリタイアした独身男が暇にまかせて恥も外聞もなく好き放題書いちゃうBLOG

カテゴリ: 時事

金で買えないものがありしかもそれらはすごく重要な事柄であると言われる。
愛情や友情などはそうであろう。
しかし、ふと思ったのであるが、それ以上の物を金で買える。
それは自由である。

金があったからセミリタイアできたのである。
それで皆幸せになっていっている。
もちろんリタイアしたということは必要以上の金は欲しないということである。

結婚している人は愛情を得ていると思われる。これは金では買えない。
会社の同僚なども結婚している人は多かった。
しかし思い返すとなぜかセミリタイアブロガーほど幸福な印象を全く受けなかった。
というより会社の独身の人よりむしろ悲壮感が漂っていたのではないかという印象である。
背負うものが大きいということなのかもしれない。

もちろん愛情は大切なものであることを前提で言っている。
愛情も自由も両方あるのが一番である。
両者は比べることができないものであることは確かである。

ただ、自由は幸福になれるが、どうも見てる感じ愛情があっても自由がなければ幸福になれるとはかぎらないように感じられる。
ということは、金で買えないものはあるが、依然として金の力は絶大であるということになってしまう。

自分が独身だからそう思うだけなのだろうか?
セミリタイアブロガーの幸福アピールが大げさすぎるのだろうか?
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社畜煽りは、セミリタイアという負け犬臭の強い集団が狭い界隈で遠吠えしているから一種の芸としてなりたっていた面はあるんじゃないかと思う。
それがFIREという概念が注目され始めて、たんなる無職が突如として大手を振って上から目線でお前ら社畜はなあみたいに先覚者面して言い出したらシャレにならない。

ただでさえ税金は納めない、非社会的で、金だけは持ってるがどけちというなかで、さらに意識高い系みたいな要素まで付加されたんでは、本当のいけ好かないクソ野郎みたいな感じになってしまう。
すでにそうかもしれんが

人に何と思われようと好きに生きるのがセミリタイアのモットーじゃないかということなら、こんなことを心配している自分はまだまだ卑屈な精神から脱却できてない。
セミリタイア―になり切れていないのかもしれない。
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サラリーマンのやっている事といえば、投資家や経営者を儲けさせることである。
もちろん生活の食い扶持を稼ぐことが目的であるが、やっていることは上のことであることには違いがない。
なぜそれだけの事のために、自殺する人がでるほどまでに仕事というものが大ごとになってしまっているのか?

考えてみるとものすごく不思議なことである。
自分や家族のためならいざ知らず、顔も合わせることも少ないような経営者や顔さえ見たことのない投資家のために自らの命を削っているのである。
これは恐ろしいことである。

もちろんサラリーマンと言えども公務員のような日本を守ったり、多くの人の生活に係わるような重大な仕事もある。
しかし大半の仕事はどうであろうか?
たとえそうであっても、ほとんどは替えの効く仕事である。
逆に言えば替えの効かない仕事は事業として成り立たないともいえる。
そのような存在をめざすなら個人で人間国宝になるべきであろう。

しかし、考えてみると仕事をしているときに株主などを思い浮かべながら仕事をする人はまずいないだろう。いくらなんでもそんな人のせいでうつ病になる人はいない。
ほとんどは上司や同僚のことを考えながら仕事をしているであろう。良くて顔の見えるお客さんのことくらいである。
その人たちに迷惑にならないよう、怒られないよう、嫌われないように
汲々とする。
そうなると仕事も、それ自体が大事というよりその中の人間関係がほぼすべてではないのだろうか?

結局はすべての苦しみを作り出しているのは直接かかわりのある身近な人である。
ということは人との関わりは最小限にとどめなければならないことになってしまう。
たしかにこのことはセミリタイアして幸せを感じれた自分の経験とも合致してしまっているだけになかなか否定しにくい。

これはなかなか深刻な問題である。
おそらく我々は幼少のころから人間関係がもっとも重要だと刷り込まれて育つ。日本人だけか?
それを真っ向から否定するような話である。
社会にとっては確実に悪いだろう。

しかし大事なのは結局は自分である。
最後は自分で自分を守らなければならない。
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今の社会はものすごく便利になって、一人で生きていくのに何の不便もなくなってしまった。
家事はボタン一つでできてしまい、会社を休まなくてもネットで手続きができてしまうし、娯楽はただでいくらでも見れてしまう。さらに自分でやって配信まで出来てしまう。
これだけ一人者が増えるとサービスもどんどん一人用にシフトしてきているのでますますそれは助長される。
ある意味、極度の寂しがりやとか会話が一番の趣味とかいう人以外にとっては天国なのかもしれない。

そうなると、一人でない意味がほとんど薄れてしまい、あるとすると子育てくらいしか残ってないんじゃないかという感じになってしまっている。
子育てはさすがに一人では厳しそうな感じはする。推測ではあるが

問題はやっぱり少子化か
これは、なかなか難しそうだ。
人口減を外国人で補えば海外の失敗の二の舞になってしまうし
一人でも楽に子供を育てられるような仕組みを作るのがベストか?
それなら気軽に子供を産むんじゃなかろうか?
どのような方法があるのかわからんが

後はなるべく若者に金を流さないといけないだろう。
今は子供を作れない年齢にばかり金を配っている感じになっている。
そういう意味では、中高年の人はとっととセミリタイアするのがいいのかもしれない。
そしてその分若者に給料が分配される。
中高年は人手に困っている分野でちょこちょこアルバイトする。結構きついか?
セミリタイアした人は体を鍛えまくって健康になることとつつましやかに自立生活することを推奨すれば、医療介護が少なくなり、若者の負担も減らせるんじゃなかろうか?

なにがいいんだろうな?
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どんな状況でも幸せな人は幸せで、不幸な人は不幸だというのはよく耳にする。
ただ、自分の経験にあわない。

自分は今幸せだと思っているが、学校の時とか働いていた時幸せだとは思ってなかった。
なぜ働いていた時に幸せだと思えなかったのに今幸せだと思えるのか?
セミリタイアだけの問題ではないかもしれないというのはあるのだが、例えば仏さんに祈り始めたというのは効いている気がする。
しかし、セミリタイアの効果がそれと同じかそれ以上だと思える。
自分の場合仕事というより、他人との関わりの多少の方が大きいかもしれないが

俺だけは特殊なのかいうとそれも違うだろう。
セミリタイアブログ見ても、セミリタイア後の人で不幸だと言ってる人は少ないが幸福だと言っている人は多い。セミリタイア前だと逆である。
ときどき不幸自慢めいたことを書いてる人はいるにはいるが
幸せな状況をわざわざ壊してまでリタイアしようという動機が得られるわけないから当然か

相関をとれば明らかにありそうに思える。
どう考えても状況によるというのが結論ではないのだろうか?
洗脳の効き具合によるのかもしれないが
解けている解けてないも状況の違いには変わりない。

気の持ちようだけでどうにかなるものなのだろうか?
それも洗脳の一つなのかもしれない。
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