セミリタイア日記

48歳でセミリタイアした独身男が暇にまかせて恥も外聞もなく好き放題書いちゃうBLOG

カテゴリ: 時事

そりゃ何かといえば自分が幸せになりますってだけの話だから。
世の中からしてみればどうぞ勝手に幸せにでもなんにでもなってくださいというだけの話で
何の役にも立ちはしないんだから。

だいたい、勘違いしてそうな気がする。
なにか成功してタワマンでワインでも傾けてるイメージでとらえてるんじゃないかという気がする。

実際はどうか?
中高年男性がスーパーで見切り品を品定めしている姿やエアコンもつけずに電気毛布にくるまる姿にほんとうにあこがれてるのか?

おれは、ブームの大半のやつらは勘違いしている可能性が高いと思う。
名前がかっこいいから、もっと意識高い系のことだと思っていると思う。
別にそれはそれでいいと思うが、現実は違う。

決してあこがれるような類のものじゃないと思う。
現実に敗れた人の逃げ場所の性格の方が強いと思う。

意識が高いなら国の役に立った方がなんぼかいい。
そのうち目が覚めるのかもしれないが
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承認とか他者評価とかそういうのが嫌でセミリタイアしたような部分はあるのだが、思った以上にその呪縛から解き放たれるのは難しいのかもしれない。
尊敬されたい、好かれたい、すごいと思われたい。
そういう心が頭をもたげてくることがある。
ブログやYouTubeなんかもその表れなのかもしれない。
そして、妙な競争心みたいなものを感じてしまっている自分に気づく。

たしかにサラリーマンなどは、基本欲求をないがしろにしてまでもそちらの欲求に突き動かされている。
そして自らの命を絶つものまでいる。
つまり、人間にとって社会的欲求が生存本能以上のものなってしまっているのかもしれない。

マウンティングを認めてしまうべきなのか?
人間とはそういう存在だとあきらめた方がいいのか?

あれほど承認を嫌ったのに。
そしてそこから逃げ出して心の平安を得たのに、なぜだろう。

なかなか難しいな。
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AbemaTVでセミリタイア村でおなじみの金村さんが出演されたということで見ていたのであるが、その中で結構驚いた発言があった。
それは、コメンテーターの方が、日本社会は大衆を社会に役立つコマとして洗脳している。
その洗脳が強力なので結局セミリタイアに踏み切れないということを言っていたことである。

セミリタイア村では当たり前のように目にする論調であるが、それは社会から離脱した人達だから言えることであって、社会のオピニオンリーダー的存在であるマスコミではなかなか言えない事柄なのかなと思っていた。
マスコミこそその洗脳の急先鋒の一つなわけで、中の人自らそれを暴露するというのはかなりなことに思える。
コメンテーターが暴走しただけなのかもしれないが
でもFIRE自体、労働者の幻想をかなり打ち砕いてきている思想なので、それをマスコミが押してきているというのは興味深いというか

陰謀論ぽいことを考える人はどっちかというと負け組なのかと思っていたが、社会に適応してそうな勝ち組のイメージがある層でもそう考えるんだなあというのは意外だった。
でも最近では結構ディープステートとか日ユ同祖論とか数年前くらいにはちょっと怖くて言えなかったような相当アングラな話が、普通に話されてきているのはなにかあるのだろうか?
ネットの力か?
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眉間にしわをよせて、世の中に尽くしています、利他的に生きています。
と言われたって、尽くされて喜ぶ人はいない。
それで喜ぶのは他人を利用してやろうともくろむ人たちだけだ。
特に身近な人は誰一人として喜ばない。

人間関係を重要視してますと言って、自分を殺して忖度したりよいしょしてもそれは相手をむしろ侮辱している行為で、それをされて喜ぶのはバカしかいないだろう。
組織崩壊の始まりである。
自分を殺すことはすべてを殺す始まりと思った方がいいかもしれない。

身近に憎しみを抱いている人、不満を抱えている人、眉間にしわ寄せている人がいて気分がいい人はいない。
不安になり、警戒する。
つまり、自分が幸せであることが身近な人たちにとって一番の安心であってその人達も利するのである。
それを喜ばない人がいるのなら、それは付き合ってはならない人である。

人間関係が重要というのを逆の意味にとらえてしまっている可能性が高い。
利他もそうである。あくまでも利己に基づいた利他である。
利己と言っても、自分の幸せや利益のために他人を苦しめたり悲しませたり、意図的に迷惑をかけるのはもっての他である。
それは自分を貶める行為であって利己の対極の事である。
意図しない迷惑はそれはお互い様である。
人間生きてるだけで迷惑な存在なのだから

世の中を見ていると、完全に勘違いしているとしか思えない。
自分も含めてだが
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ぼっち耐性大、質素倹約、承認欲求希薄、非社会的、マネーリテラシー高などがセミリタイア適性としてあげられるかと思うが、いわばリア充とは対極にあるような性質といえる。

しかし、逆にこれほどリア充が屈辱的な立場になった時代もめずらしいだろう。
SNSでのアピール批判やコロナで多人数での交友行動の禁止など
従来リア充が得意としてきた行動が、世間の厳しい監視にさらされる事態となってしまっている。
まるで愚か者のように言われるような時代になってしまった。
ぼっち耐性があれば全く問題ないのであろうが、コロナ鬱が話題になるくらいとなると結構深刻なのかもしれない。

まるでヒエラルキーが逆転してしまったかのような
ここまで極端な変化はさすがに良いことではないだろうが、これほどセミリタイア的なことがもてはやされることも予想外であったわけで
得意満面にもなってしまいそうになるが、正直自分的には嫌な予感しかしない。
コロナが終われればまた反動があるだろうし、投資もいつまでもこんな状態とは限らないわけで、まったく安心できない。
今度反発を食らう立場になるのはこちらの番かもしれない。

反発食らおうがなんだろうがいいと言えばいいんだろうが、自分はまだまだ世間の目を完全に克服できてないみたいだ。
自由が損なわれるのではなかろうかとか、なるべく目立ちたくないと考えてしまう。
別に有名人でも何でもないのにw

杞憂で終わってほしいところだけどな
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