悪魔とは世界を陰で支配する恐怖の大王的な認識があると思う。
キリスト教の勧誘の人もこのようなことを言っていた。

しかし、聖書では例えばイブがリンゴを食べたい誘惑に負けた心、イエスが修行で自分の内なる誘惑に打ち勝った時悪魔に打ち勝ったと言い、また死を悟ったイエスに弟子が根拠のない気休めを言ったときに弟子に対してサタンと言った。そして嫉妬や虚栄心などからイエスのいうことを受け入れない律法学者などに蛇の子と言っている。
つまり、もともとはもろもろの判断を狂わす自分の弱い心とか根拠のない甘言をすることなどを悪魔と呼んでいるようである。
誰もが持っている弱い心やついやってしまうような事柄である。

しかし、これを恐怖の大王に捻じ曲げた勢力がいる。
誰かはよくわからないのだが、おそらくヨハネの黙示録を巻末に差し込んだ人たちなのではないかと思っているのであるが、証拠がないのでこればかりは何とも言えない。
イエスが今後現れる預言者はすべて偽者だと言っているのに、その禁を破って黙示録を差し込んでいる。
ヨハネの黙示録自体がイエスの思想とは正反対の思想に感じる。

日本には魔が差すという言葉がある。
心の弱さによって判断を間違えるという意味である。
また神道などで和魂、荒魂が一つの神として認識されるように陰と陽は分けられないという思想がある。
同じ人に善の心も悪の心も宿っている。

日本人は悪魔について割と正しく認識しているのではないかという気がする。
なぜだろうか?

仮に日本に十支族がやってきたとするなら、ヨハネの黙示録が差し込まれる前である。
本物だったとしたら正しく認識できて当たり前である。
ということはやはり、やってきていたということだろうか?
そして後におそらく秦氏などから新約聖書が伝えられたと思われるが危険とみなして封印したのであろうか?