会社員として社会に貢献しているという自負みたいなものを感じていたと思うのだが、どうも今それを振り返ってみると、それは自分個人としての自信のなさの表れだったのではないかと感じる。
個人として放り出されたとき、自立して生きてゆけるか、周囲からの協力を得る魅力なり人徳があるか?そう考えた時自分は自信が全くなかった。
対人関係にたいして真っ暗闇のなか手探りでうろたえるようなそんな状態だったのである。

その不都合な現実に対して、仕事ができる自分、社会に貢献している自分そういったアイデンテティによってそれを打ち消そうと必死だったのかもしれない。
ある程度それは成功した部分もある。
しかし最終的には破たんした。
結局自分をごまかしている以上どこかで無理が生じるのだろう。
でなけりゃ抗うつ剤や睡眠薬が必要とならないだろう。

仕事に関しても本当の自信をもっているわけではない、局部的な知識や技術力に頼っているだけで、個別的なことには人以上に対処できるかもしれないが、じゃあ大きな仕事を引っ張って行ったりリーダーとしてどうかといわれたらその自信は皆無どころかマイナスくらいの認識だったわけである。
そういうのも見透かされていたのかもしれない。
そして心の余裕のなさもあってか、やはり対人関係でうまくいかない。
ことごとくもめる。
相手にも余裕がなかったんだろうという気もするが、自分に自信がある人はそういうのをやんわり受け止めてやり過ごすことができるんだろうと思う。
お互い哀れな存在だったのかもしれない。

今個人として放り出されているわけであるが、そんなに恐れるものでもないことが分かった。
対人関係が希薄だから助かっているのかもしれないが、、、
良い環境の中で徐々に自信をつけつつあるんだと思おう。