物や地位など資本主義社会に毒されているんだ、そんなものはくだらないというのは確かにそうであろう。
しかし、なにかにすがらないと生きてゆけないという心の問題がある以上すがり先としては現代社会においてはましなのかもしれない。
社会維持という意味合いにおいてであるが

それが幻想だと分かったとしても、資本主義社会も世間の荒波も消えるわけではない。
心の問題が消えない以上、もっとやばい物にすがりついてしまう危険性もある。
やばい新興宗教、やばい政治思想、やばいビジネスなど

そういう意味ではセミリタイアもすがり先の一つなのかもしれない。
荒波に疲れ果てた者にとっては非常にいいすがり先のように思える。
しかし荒波にもまれてもいない内にそれをそそのかしてしまっていいものか非常に悩ましい。

FIREなどは非常にやばい思想になりかねない。
荒波に適応できる人は資本主義社会に洗脳されたままの方がもしかして幸せなのかもしれない。
そういう人までも社会性否定やハイリスク投機に誘引してしまうかもしれない。
そして経済的自立が達成されるまでは荒波にもまれ続けなきゃならないことには変わりない。
荒波がより苦痛になってしまう可能性もある。

これをどう考えるかである。
もちろん荒波のない社会を実現できれば一番いいのかもしれないが、そのような理想郷がはたしてあるのだろうか?