紅葉とか見に行くと自然は何と美しいことかと思える。
それに比べると人工物はなぜすぐにみすぼらしく醜くなってしまうのだろう?
人の美的感覚の限界というものだろうか?

そういう意味では寺とか城とか古い方がかっこいいのはすごい頑張ってるということか
伊勢神宮の新しくてなんの飾り気もないのにカッコいいと思えるのも違う意味で頑張ってるということか

ただそれは単に希少性を美しいと脳内変換しているだけなのかもしれない。

ダイアモンドがそこらへんにごろごろ転がってたら果たして美しいとおもうだろうか?
富士山のふもとに住んでる人は富士山を美しいと思っているのだろうか?どうなんだろうか?
自分の家の前に赤目四十八滝があったら美しいと思うのだろうか?

自分の家も500年間維持保存したら昔の人はなんと美しい家に住んでいたのか?美的感覚が優れた人が住んでいたのだろうなどと思われるのだろうか?

要するに古いことによる希少性とか、伊勢にしかない希少性とかそういうことだろうか?
伊勢神宮も当時の人からしたらただのありふれた高床式倉庫としか思われてなかったのかもしれん。

でも日本庭園は毎日眺めても美しそうな気はするなあ。それはやっぱり自然を模写してるからだろうか?