セミリタイア日記

48歳でセミリタイアした独身男が暇にまかせて恥も外聞もなく好き放題書いちゃうBLOG

2020年08月

アドバイスには受け入れ態勢が必要である。
つまり、どんな有効なことを言ってもそれをその時点で必要としていない人にとっては無意味である。
つまり、余計なお節介となってしまう。

そして、後でそれが必要になった時に初めて理解するのである。
しかしそれはたいてい忘れられている。
そんなこと言ってましたっけ?となる。
ろくに聞いてもいないのである。聞いても理解できないし興味がないからである。

つまり事前に助ける方法はほぼない。
奇跡的にその人が気づくか、なにかよくない事がおこる以外にない。
人は危機にならないと気づけないのである。

しかし実際にそうなった時にはほとんどが手遅れである。
助かるのはたまたま、救われる状態になっていた人だけである。
セミリタイアで言えば貯金がたまたまあった人だけである。

不思議なのは、仕事もろくにしてない内からセミリタイアを志す人である。
この人たちはいったい何に基づいてそのような志を持ったのか?
よほどブラックな会社に入ってしまったのか?
あるいは社会そのものがクソであるという思想を子供の時から植え付けられたのか?
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承認欲求にもいろいろあると思うが、異性からか同性からかという問題もある。
思うに、どうも異性からの承認より同性からの承認の方が優先度が高いのではないかという気がした。

それは、どう考えても異性からみて改悪しているとしか思えない行為にまい進する人が多いからである。女性の方はファッションモデルのような体形になろうと血みどろの努力をする。
しかし異性にもてるのはムチムチの女性である。

また、男はホストなどの同性から見てどう考えても気持ち悪いとしか思えないものにあこがれない。その人達がどれだけ女にもてていてもである。
一方なかやまきんに君みたいなそれほどもててないような体形に近づこうと血みどろの努力をする。

つまり、人の行動原理は異性にもてたいという動物本能よりも、同性から羨望されたいという方が上に行っているのではないかと思う。

典型的なのは男の巨根願望であろう。
それは異性に対してはもてた後の話であって、もてるかどうかには何の影響も及ぼしていないと思われる。
しかし、すさまじいまでに巨根を羨望する。
確実に異性よりも同性の目を意識しているとしか思えない。
同性同士ならばいろいろな場面で比較対象になるからである。

下手するともてたいというのも、同性に羨望されたいからもてたいのかもしれないとさえ思えてくる。
それは異性からの承認としては相手がブスでも全くいいはずである。しかしそうはならない。
それでは同性からの羨望が得られないからである。

不思議なことである。
人間はなぜ自然(本能)と反対方向に乖離した行動原理に従っているのか、、、
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努力は大事だという。
それは確かにそうであろう。
しかしそれはあくまでも自分あるいはごく近しい者のためにすることである。

例えば、自分の場合筋トレは3年つづいている。
これは努力といえる。
それは健康のためとかかっこいい体になりたいとかもてたいとかそんな理由だからだ。

じゃあそれを会社のもうけのために同じくらいの苦痛に耐えらえるか?
俺は無理だと思う。

当てはまる言葉があるとすると忍耐である。つまりほぼ報われない。

努力はかなりの確率で報われる。
それなりにかっこいい体になる。

しかし、忍耐はまず報われない。
人の二倍忍耐した人がさぼっている人の二倍の給料をもらえるかというともらえない。
良くて何割か多くもらえる程度であろう。

会社は忍耐を努力にすり替えてるんだと思う。

自分のためにしか努力はできないのではないかとも思える。
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セミリタイアして暇で死にそうにならないかという不安点があると思う。
自分もそう思っていた。
仕事していた時は家で居る母に毎日やることなくてよく我慢できるなあと言っていたものである。

しかし、今セミリタイアしてから思うに、仕事していた時には心の余裕もない、本来持っている感性も好奇心もすべて蓋をされているような状況だったのではないかと思う。
セミリタイア後はその本来持っているものが徐々によみがえってくるのではないかと思った。
そうなれば、おそらく子供と一緒みたいなもので、やることがなくて退屈などということは相当程度なくなる。
あれもやりたい、あそこに行ってみたいとなってくる。
今コロナでできないが、それでも家でやれることもかなりある。暇で死にそうとはならない。

つまり、サラリーマンは本来の感性を失っている状態で不要な心配をしているということになると思う。

それは、一人ではつまらないと考えていることもあるであろう。
セミリタイアしたら当然ながら一緒に遊ぶような人はいなくなる。皆仕事で忙しいからである。
自分は一人で旅行しても大して楽しくないと思いこんでいた。
他人と旅行しても楽しくないのだから一人なら余計だろうと思ったわけである。
でもそれは全くの間違いであった。他人がいるより確実に楽しいことが分かったでのある。
というより旅行が初めて楽しいと分かった。
自分がコミュニケーションに楽しみを見出さないタイプだからというのもあるのかもしれないが
どうだろう?
普通の人も案外一人が楽しいということに気づく場合もあるんじゃないかという気もする。

youtubeでもソロなになにというのが流行っているのを目にする。
コロナの影響もあるのであろうが、ソロの楽しさ自由さが見直されつつあるのではないかとも思える。
そうなれば、もう暇で死にそうにならないかという心配は無用だということになる。
少なくとも自分は間違っていたことは確かである。

サラリーマンとセミリタイア後の感性は全く別物である。
全く同じ経験をしても感じ方は全く異なる。
つまり、サラリーマンにはセミリタイア後の生活は予想できない。
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趣味でも何でもいいのだが、それまで純粋に楽しんで自分のちょっとした進歩が楽しくてワクワクしてやっていたことも、他の人の動画とかブログなどを見始めるとだんだん楽しくなくなってくる。

そこには、自分にはとても及ばないレベルの人がこれ見よがしにアップしているからだ。
このレベルで喜んでた自分をアホみたいに思ってしまう。
また逆に、どう考えても自分の方が上じゃないかと思えるような人が自分より何倍もの人気を博している。

このようなものを見始めると、だんだん今まで純粋に楽しんでいたものが楽しくなくなってくる。
もちろん普通にやって普通に大半に勝てる奴は楽しいかもしれない。
しかしだいたいは、そいつらに勝つには、より難しいことをやらなきゃいけない、よりインパクトのあることをやらなきゃいけない
などと純粋にその行為や自分の進歩を楽しめなくなってくる。

比較し始めたらダメだ。

しばらく他の人のを見ないようにするか、それとも気にならないレベルにまで慣れてしまうか

慣れようとすると価値転換もはからないといけないかもしれない。
ランキングやフォロワー数など意味がないんだと言い聞かせないといけないかもしれない。

前のようにやってること自体が楽しい状態になれるか?




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