セミリタイア日記

48歳でセミリタイアした独身男が暇にまかせて恥も外聞もなく好き放題書いちゃうBLOG

2020年06月

FIREムーブメントを見ても、一部の高給取りのお遊びに見える。
それはどちらかというとリア充の範疇に含まれるイメージがある。
大橋巨泉や上岡龍太郎などとたいして変わらないと思う。

それに対して日本のセミリタイアは完全に下層階級の話である。
ごく普通のサラリーマンの切羽詰まった話である。
これ以上いくと心身の健康が危ういという中での話である。

それだけに日本のはものすごく伝搬性をもった危険思想だと思う。

今の社会を成り立たせている集団幻想というかそういったものを覆してくる存在に見える。
なにかというと、孤独への恐怖、社会性や物質的豊かさへの信仰である。
セミリタイアした人が、もし自分が幸せだと主張するのであれば、上の幻想が崩れる。
セミリタイアが幸せであっては困るのだと思う。

今のようにまだ一部の人の話ならいいのだろう。
しかし多くの人がそれに気づいて、それを目指してしまうとこれまでの社会の秩序は崩壊しかねないと思う。
資本主義の崩壊ともいうべきか?

今、社会への信頼が揺らいでおり、魅力的な新たな豊かさを見出せてない中、その素地が整ってきている可能性がある。
また、多くの人が強制セミリタイアを余儀なくされるケースが増えつつある。
そういった中で、貯金があった人達が、意図せず案外心地いいぞと気づいてしまうケースが出てくるのではないか?
そういう人たちがSNSでどんどん発信してくる。

この流れはなかなか止められないのではないか?
社会が崩壊してしまうのか?
しかし人間に承認欲求がある以上なかなか簡単にはそうならないとも思える。
うまく住み分けて新たな層として定着できるのか?
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家の山に地蔵さんがあるのだが、地蔵さんの家がぼろぼろになってしまっていた。
おそらく30年か40年くらいは経っていると思う。
ずっと気になっていたが重い腰を上げて建て替えた。

DIYで小さな家を作った。
DIYといえども材料費だけで10,000円近くいってしまった。
業者に頼んだらどのくらいでできるのだろうか?
材料もちょうどいい長さや大きさが売っていなく、ほんの一部しか使わないものもあった。
外壁は1/3も使わなかったがそれだけで4,000円くらいした。
でもベニヤだと1年も持たないのではないかと思うし、、、

元の家と交換したら、元の家のつくりがものすごく立派でびっくりした。
ほぞ穴とかの加工で本物の家と同じような本格的な造りだった。
たぶん大工さんが作ったと思う。
重量もあり、地蔵さんにこれほど金を惜しまないのかと思った。

自分は強度を考えてなかった。雨とかの耐久性ばかり気にしていた。
だから木ねじで留めてあるだけだ。
それでも作るのに2日もかかった。
土手のところにあるので石や木などが落ちてくるかもしれない。
今回もスコップで土をかき出すのに一苦労した。
もし土砂が来たらあえなくつぶれそうな気もする。

どのくらい年月持つだろうか?
つぶれた時は今度はもうちょい強度を上げて作ろうと思う。
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孤独だけは絶対に避けろ、大変なことになるという漠然とした恐怖があったのであるが
この感覚はいったい何に基づいたものなのだろうか?

自分は人と関わらなくなって幸福になった。
全く逆だったわけであるが、自分だけなのだろうか?

どうも、他人のブログなんかを見比べても独身の方が幸福そうに見えてしまう。
家族がいる人はどこか大変そうな感じがしてしまう。
もちろん独身の人は強がりで幸福を強調しているかもしれないし、家族がいる人は謙遜で大変さを誇張しているかもしれない。
その分は割り引いてみないといけないのかもしれない。

しかし、どう考えてもやはり独身の方が有利そうな感じがぬぐえない。

ではなぜ反対のように思わされていたのか?
原因は親なのか教師なのか?
学校は思想を統一させるというよりは社会性の技術的訓練場という側面の方が大きいように思う。

どうもマスコミの影響が大きいのではないかという気がする。
繰り返し、絆やチームワーク、自己犠牲、人間関係の大切さを報道する。そして孤独の恐怖も報道する。
それは、あからさまな場合もあるだろうし、そうでない場合もスポーツやリア充的な生活を見せることによって、無意識的にそちらに誘導している可能性がある。
マスコミは企業である。
企業にとっては社会性が一番求める素養である。
皆がセミリタイア的な思考になってしまえば、労働力としてあてにできなくなる。

また、できるだけ個人に無駄金を使ってほしい。
それをさせる一番いい方法は見栄、嫉妬、つきあいなど人間関係によって生じる感情であろう。

もちろん、人間関係を否定はしない。おそらくいい人間関係はより一層の幸福をもたらすのは本当であろう。
しかし、逆方向に働く側面も大きいのではないだろうか?

考えてみればブッダもイエスも孤独であった。弟子に裏切られ、家族も捨てた世捨て人だ。
しかしそれを最も幸せな人としているのである。
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社畜をディスったところで自分の価値が上がるわけでもないのだが、やってしまうのはどこかにやましさなどの感情があるのではなかろうか?
その負い目というか不快感から逃れるために価値転換を図ろうとする。
正反対の対象を貶めることにより自分を相対的に持ち上げようとしているのであろう。

どうしてもセミリタイアは社会からは批判されがちである。
住民税を収めてないのが大きいかもしれない。
また職業欄に無職とどうどうと書けない以上まだなにかわだかまりがあるのかもしれない。
どこかに仕事で輝いている人にあこがれみたいなものを持っているのだろう。

これだけ幸せを感じていて、人をうらやむことも少なくなってきているのに価値転換とは難しいものである。
まあしかし、自分の金で生きているのであるから卑下する必要もないわけであり、そこは割り切らないとどうしようもない。

でもやっぱり今の働き方のなにかがおかしいような気はすることは確かなわけで
仕事をやめて初めて普通に生活することが普通に幸せなことなんだと気づくという状況は非常にまずい。
企業だってもともと従業員がそんな状態になることを良しとして起業したわけないはずだ。

なにかに洗脳されていたのではないかとどうしても感じてしまう。
それは、社会のかかわりを絶ったらとんでもない不幸なことになるという恐怖を植え付けられていたのではないかという疑念である。

勝手にそう思い込んだ自分が悪いだけなのか、、、
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仙台上空にある気球が、60kmも離れた伊達市から見えてニュースで見た感じ仰角20°~30°くらいということは、高度20,000m~30,000mにあることになる。
テレビカメラで見て最高でも10,000mくらいの高度の旅客機と気球が同じ大きさに見えるということは、気球は旅客機の2,3倍の大きさはあることになる。
つまり100mは超えてそうだと思う。

ぶら下がっている十字架も100m近いということになる。
そんな巨大なものを上空にじっと浮かべられるということはとんでもない技術力なんじゃないだろうか?

そんなものを作れる国というとどこだろうか?
アメリカか中国くらいか?
しかも見失ったという。
レーダーにも映らないということか?

もし兵器だったら対処不能なんじゃないだろうか?
それにしては騒ぎが小さいのは不思議だ。
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